JOKER。

何かと話題の作品。

ジョーカー大好きな私としては観ないわけにはいかない...。
早く観たい気持ちが膨らむ中で4日の公開を迎え、
残念ながら仕事でなかなか観に行けずに期待だけが膨らんでいくばかり。
御覧になった方々のレビューを読みたい気持ちをググッと堪えつつ、それを超えて入ってくる好評にますます観たい気持ちに拍車がかかります。

休みの前日。
我慢できずにレイトショーへと雨の中車を走らせました。
長い予告編を乗り越えた後、
ワーナーのロゴが出てすぐに本編が始まります。

本編終了後、あまりの衝撃に嬉しいとか悲しいとか色々な感情が頭の中でぐるぐるして、しばらく呆然としてしまいました。
結果的に自身が抱いていた大きすぎる期待や、不安は良い意味で裏切られました。
素晴らしい。


以下、ネタバレっぽい感想。


既存の“ジョーカー像”はこの映画にありませんでした。
[自身に障害を抱えながらも母を介護しながら二人で慎ましく暮らすアーサー。
彼は「あなたの笑顔が皆を笑わせる」という言葉を受け、ピエロのバイトをしながらコメディアンを目指していた]
そんな触れ込みを耳にしながら鑑賞し始めたのですが、何か違和感を覚えました。
善人であるアーサーが、犯罪界の道化王子たるジョーカーへの変貌していく様がもっとはっきりと描かれているのかと思っていたのです。
しかしアーサーはどこか不自然であり、善人どころか危うさを感じさせるほどの人物。
物語が進み、ある事実によってその違和感の正体がわかりました。
同時にそこで主演であるホアキン・フェニックスの演技が想像を超えたものだったとも気付いたのです。

殺人を犯し、怯えるような素振りで逃げ込んだトイレで何故か踊りだすアーサー。

鏡に写った自分を見つめる姿は何かが吹っ切れたようにも見えます。

特にRock ‘N’ Roll Part 2 をバックに踊る階段のシーンは本当に痺れた。

個人的に映画史に残る名シーンなんじゃないかと思います。

ラストでボンネットの上で立ち上がり、踊って見せるジョーカー。
そしてそのあと血で笑顔のメイクをするシーンにはなぜか涙が出そうになりました。
いや、泣きました。

一つ気になっているのですが、絶望のどん底でマレーのショーに出演のオファーが来たとき、彼は自殺を仄めかすようなパフォーマンスの練習をしていました。
楽屋でも同じように拳銃を自分に向ける仕草を見せます。
そしてショーの最中に目に留まったノートの一文。
“I hope my death makes more cents than my life.(この人生以上に硬貨(高価)な死を)”
冒頭に出てきた言葉。
しかし彼は同じようで違うジョークを選び、そこから殺人の自白をし、挙句マレーを射殺してしまいます。
これはどういうことなのか、答えが出ませんでした。
死というのは自分ではなくて、自分を貶めた者へのものだということでしょうか。

既存のジョーカー像は無いと冒頭で書いたのですが、今まで映像化されてきたジョーカーはそれぞれ個性を持ちながらも一貫して「バットマンの宿敵」としてのキャラクターを保ったものでした。
しかし今作のジョーカーはそのどれとも違う、ましてやバットマンなどまだ存在しない時代の人物として創られています。
逆にそれが単なるコミックのキャラクターであるというイメージを壊し、果てしないリアリティを伴って私たちに強烈な印象を与える今回のジョーカーを実現させたのだと感じました。
人生は主観、笑えるか笑えないかは自分次第。
人を笑顔にしたい、ただそれだけなのに仕事を失い、誰にも気に掛けられず、憧れの存在には貶められ、挙句自分自身は全て偽りだったことに気付く。
なのに絶望の中で犯した罪によって世間の注目を集めることになるなんて、喜劇と言わずしてなんというのか。
狂っていないけど、狂っている。
この映画には確かにジョーカーが存在しています。


その他思ったこと。
・この映画には前半と後半で対比となるようなシーンがたくさん用いられています。
アーサーの心境、そして周りの環境の変化によって同じようなシーンが全く違った見え方になってきます。
その微妙な変化を具に演じられているホアキン・フェニックスは本当に凄まじい。

・ジョーカーの生い立ちについての件は、本当にうまく描かれています。
既存のジョーカーのイメージを壊しつつも、ちゃんとミステリアスな部分は残してくれた感じ。
「僕は存在しているのだろうか」
「だけど僕はいる」
「世間は気付き始めている」

・アーサーは道を踏み外さなければ善人として生きられたのか。
私の答えはNO。
確かに世間に疎まれ、蔑まれ、絶望の底に叩き落とされてジョーカーとなってしまう様は描かれていますが、仮に彼が認められ、愛情や優しさを受けられていたとして、必ずしもジョーカーにならなかったとは言えないと思うのです。
だって、最初からアーサー・フレックなんてかわいそうで心優しい男は存在していなかったのですから。
彼は絶望の中で壊れたのではなく、絶望によって本当の自分が解き放たれたのだと思います。
凶行は側から見れば上記を逸していますが
言葉通り失うものや恥じることがなくなった人間にとって、普通に考えて、行動したこと。
狂っているわけではないというのが一番恐ろしい。

・批判について
ヴィランはヒーローと対比して魅力を引き出すキャラクターであり、
近年流行りのヴィランが主役の映画は概ねダークヒーロー的な描かれ方をしています。
しかしこの映画の主役となるジョーカーは決してヒロイックに描かれていません。
海外では「暴力を正当化している」「過激な行動を美化している」というような批判が出ていますが、
私にはとてもそれが理解できません。
作中のジョーカーは民衆を煽動するようなことはせず、英雄どころか不満を持つ人々に本人の意識しないところで祭り上げられた哀れな道化のようにすら感じました。

・ペニー(ワイズ、IT)やらポゴ(ジョン・ウェイン・ゲイシーの別名)やら、有名なピエロを連想させる名前はわざとでしょうか。

一人の男が闇に堕ちていくというシンプルなプロットにもかかわらずここまで人によって受け取り方が違う映画というのも面白いですね。
パンフレットも無事手に入れられて良かった。
またそのパンフレットの内容が結構濃くて良いんですよね。
結局3回劇場に足を運びました。
正直それでも足りないくらいです。

ネットには様々な感想、考察が出回っていますが、
実際に観ると必ずしもそれらと同じ感じ方ではないはずです。
是非劇場にて自分で観て確認して欲しいです。